辻村公一訳(河出書房)は、日本語とは思えない。翻訳者が、どれだけ原文を理解しているか、どのような訳文にしたいのか、によって訳文は変わってくる。
 哲学書の日本語訳は、意図的に、格調高く難解な文体で作られた時期が長かったと思う。
 それに対し、長谷川宏が、読みやすいヘーゲルの翻訳を出したのは、92年の「哲学史講義」からだったようだ。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E5%AE%8F
 熊野純彦訳(岩波文庫)を読むと、基本的なフレーズは、辻村訳を継承している事が分かる。
 破壊で、坂口安吾の「堕落論」を思い出した。
 ハイデガーのナチスへの関与を考えると、ハイデガーは、確かに歴史を破壊したかもしれない。ナチスには、ニーチェの思想も影響したというので、それもいつか調べたいと思う。
 岩波文庫には、熊野氏による梗概もあった。解体、語ること、デリダの根源に近づいたようだ。

ハイデッガー「有と時」(河出書房)
第六節 有論の歴史の破壊という課題

 現有のこのような基本的歴史性は、現有それ自身には覆蔵され〈すなわち、隠され〉たままになっている場合がある。併しまた、この歴史性は或る仕方で発見され而も特別に育成される場合もある。現有は伝統を発見し保存し而もその伝統を表面的に追究する場合もある。伝統の発見と伝統が何を「伝授し」如何に伝授するかの開示とは、〈それ自身〉独立した課題として、摑み取られる場合もある。そのようにして現有は、歴史学的に問いかつ探究するという有り方の内へ、入って行くのである。併し、歴史学が―一層精確にいえば、歴史学的態度〈すなわち、歴史学的に有ること〉が―問いつつある現有の有り方として可能であるのは、現有が彼の有の根底に於て歴史性に依って規定されて有る、からに他ならない。この歴史性が現有に覆蔵されたままになっているならば、そしてそれが現有に覆蔵されたままである間は、歴史を歴史学的に問いかつ発見するという可能性もまた彼には拒まれている。歴史学が欠けているということは、現有の歴史性に対する反証となることではなく、却って〈歴史性という〉この有・の・体制の失陥的様態として、現有の歴史性を証拠立てていることである。或る一つの時代は「歴史的」にあるが故にのみ、非歴史学的である、という場合もある。

ハイデガー『存在と時間(一)』(岩波文庫)
熊野純彦「梗概1」
伝統の破壊(第六節)

 現存在の存在の意味は、時間性であった。時間性は、さらに、現存在の「歴史性」を可能とするものにほかならない。歴史性とは現存在の「生起」そのものであり、歴史を可能にするものなのである。現存在とは、一般に過ぎ去ったものでもある。現存在が、じぶんをどのように理解するのかも、「伝承」された解釈によって条件づけられている。その意味で、存在の問いそのものもまた歴史性を帯びている。ハイデガーにあっては、存在への問いの歴史それ自体が、かくて問われるべきものとなるだろう。
 伝承されたもの、「伝統」とは、とはいえ、つねに積極的な意味をもつものとはかぎらない。存在論の歴史についていえば、ハイデガーにとってそれは、第一義的にはむしろ解体、あるいは「破壊」の対象である。伝統は、一般にも、それが「引きわたすもの」を近づきうるものとするよりは、しばしばそれを隠蔽するからだ。伝統は、かえって、現存在の歴史性そのものを根こそぎにしてしまう場合すらあるのである。存在への問いを設定するにさいして、問い自身の歴史が見とおされ、硬直した伝統が破壊されなければならない、とハイデガーは主張する。破壊は、しかしたんに消極的な作業ではない。破壊という根源的な「経験」によってこそ、存在の規定がまずあきらかになるのである。
 存在の解釈を時間の現象とともにとらえるうえで、決定的な一歩を刻んだのは、だれよりもまずカントであり、その「図式」論である。カントには、とはいえ、有時性への洞察が拒まれていた。カントには一方で存在一般への問いが欠け、カントは他方では、デカルトの立場をそのまま引きついでしまっているからである。――デカルトが設定した「考える私」の存在は、それが一箇の「存在者」、しかも「被造物」と規定されることで、中世の存在論に決定的ななにごとかを負い、「つくり出されたもの」という規定自体は古代の存在論へとさかのぼる。古代の存在論が、したがって、問いかえされるべきである、とハイデガーは考える。
 古代の存在論は、存在の意味を「臨在(パルーシア)」のうちにみとめていた。パルーシアとは「現存していること(アンヴェーゼンハイト)」、現在に在ることであり、それは、したがって、一箇の時間的な規定にほかならない。古代存在論は、他方では、ロゴスを、つまり「語ること」を人間の規定として重視する。語ること(レゲイン)は、或るものをそのものにそくして現在化することであり、そこでもまた時間の問題が登場している。そのかぎりでは、アリストテレスの時間論が、古代の存在論のひとつの頂点となるだろう。そればかりではない。アリストテレス時間論は、カントからベルクソンへいたる時間論を支配しつづけているのだ。その時間論が、かくて問いなおされなければならない。ハイデガーは、公刊されることのなかった後続部分、つまり第一部第三篇ならびに第二部の課題を、そのように予告している。

第六節 存在論の歴史の破壊という課題
60 現存在にぞくするこうした始原的な歴史性は、現存在自身には隠されたままでありうる。歴史性はしかしまた、なんらかの様式で発見され、それに固有の保護をうけることもある。現存在は伝統を発見し、保存し、伝統に明示的にしたがうことができるのである。伝統を発見することと、伝統がなにを「引きわたし」、どのように引きわたすのかを開示することは、独立の課題であるととらえられよう。現存在は、かくして、歴史学的に問い、研究するという存在のしかたへともたらされる。歴史学――より正確にいえば、歴史学的なありかた――が、問いかける現存在の存在のしかたとして可能となるのは、とはいえただ、現存在がその存在の根底において歴史性によって規定されているからである。歴史性が現存在には隠されたままである場合、さらに隠されたままであるかぎりでは現存在にはまた、歴史を歴史学的に問い、発見する可能性も拒まれている。歴史学を欠いているということは、現存在の歴史性をに反証する証明ではない。歴史性という存在体制にかんする欠如的なの様態として、歴史性をあかす証明なのである。ひとつの時代が非歴史学的でありうるのは、ただ、その時代が「歴史的」であるからにほかならない。

注解(60) 「現存在」の「始原的elementar」な歴史性は、一方では現存在自身に「隠されたままでverborgen」あることがありうる。現存在はたほう、「伝統(Tradition)を発見し、保存し、伝統に明示的にしたがう」場合もある。現存在はその場合、歴史学的な問いと研究へと向かうことになるだろう。「現存在の存在のしかた」として、「歴史学(ヒストーリエ)」が、あるいは「歴史学的なありかたHistorizitat」が可能となるのは、「現存在がその存在の根底において(im Grunde seines Seins)歴史性によって規定されている」からだ。ある時代が歴史学を欠くことは現存在の歴史性を「反証するgegen」ものではない。かえって欠如✞1において歴史性を「証明Beweis dafur」するものなのである。

✞1 訳文「欠如的な様態として」の原文はals defizienter Modus. Rが指摘するように、或ることが生起するしかたを「様態Modus」(複数形でModi)と呼び、それが生起しないことを「欠如的privativ」なかたちでとらえるのは、ハイデガーが好む論法。たとえば「手もとにある」べきもの、「手ごろな」ものの不在あるいは欠如が、道具的存在者が「手もとにある」性格を浮かびあがらせる。本書、第一六節参照。おなじ論法が、ここではやや性急に使用されていよう。