壇ノ浦の戦での安徳天皇の入水は、カール・セーガンの科学番組「COSMOS」で、ヘイケガニを説明する為に再現された映像が印象的だ。
 平家物語では、二位殿(平清盛の妻、安徳天皇の祖母)が神璽、宝剣を持っているが、神鏡の記述はない。 
 吾妻鏡(一三〇〇年頃)では、入水の場面では神器の記述がなく、後の場面で神鏡、神爾の記述はあるが、宝剣への言及はない。

平家物語 巻第十一 先帝身投
 二位殿はこのありさまを御覧になって、日頃からかねて覚悟していられたことなので、濃いねずみ色の二枚重ねを頭にかぶり、練絹の袴の股立を高くとって、神璽を脇にかかえ、宝剣を腰にさし、天皇をお抱き申し上げて、「わが身は女であっても、敵の手にはかからないつもりだ。天皇のお供に参るのだ。君に対しお志を寄せ深くお思い申し上げていられる人々は、急いであとに続きなさい」といって、船ばたへ歩み出られた。天皇は今年八歳になられたが、お年の頃よりはるかに大人びていられて、御顔かたちが端麗であたりも照り輝くほどである。御髪は黒くゆらゆらとして、お背中より下にまで垂れておられた。驚きあきれたご様子で、「尼ぜ、私をどちらへ連れて行こうとするのだ」と仰せられたので、二位の尼は幼い君にお向い申して、涙をこらえて申されるには、「君はまだご存じございませんか。前世で十善の戒を守り行ったお力によって、今天子とお生れになりましたが、悪い縁にひかれて、ご運はもう尽きておしまいになりました。まず東にお向いになって、伊勢大神宮にお暇を申され、その後西方浄土の仏菩薩方のお迎えにあずかろうとお思いになり、西にお向いになって、お念仏をお唱えなさいませ。この国は粟散辺地といって、悲しいいやな所でございますから、極楽浄土といって結構な所へお連れ申し上げますよ」と泣きながら申されたので、幼帝は山鳩色の御衣に角髪をお結いになって、御涙をはげしく流されながら、小さくかわいらしい御手を合せ、まず東を伏し拝み、伊勢大神宮にお暇を申され、その後西にお向いになって、お念仏を唱えられたので、二位殿はすぐさまお抱き申し上げ、「波の下にも都がございますよ」とお慰め申し上げて、千尋もある深い深い海底にお入りになる。

吾妻鏡 壇ノ浦
 戦機は二十四日の朝に至って熟しました。
 二位さまも、いまはこれまでと、おん袴の裾をからげられて、安徳天皇さまをお抱きになりますと、船ばたにお立ちになりました。
「二位、これからいずこに行くのか。」
 と、仰せられました。
「はい、坂東の侍たちの矢が天皇さまのご座所まで参らせられますから、このばばと、別のお船にお移りあそばすのでございます。」
 と、お答えになりました。そして、
   いまぞ知る御裳濯河の流れには波の下にも都ありとは
 と、詠じて主上と共にご入水なさいました。天皇さまは、おん年八歳にわたらせられました。
 判官さま(源義経)は、やがて、ご神鏡とご神爾を奉じられ、それに、平家の捕虜をお連れになって、元暦二年(一一八五年)の四月二十六日に、京の都に意気ようようと凱旋をなさいました。