柄谷行人を解体する

       
2021/3/12 『柄谷行人対話篇1 1970−83』講談社文芸文庫
2021/1/25 柄谷行人『ニュー・アソシエーショニスト宣言』作品社
2020/11/12 『柄谷行人 発言集・対話篇』読書人
2020/1 柄谷行人『哲学の起源』岩波現代文庫
2019/2/20 柄谷行人『世界史の実験』岩波新書
2016/4/20 柄谷行人『憲法の無意識』岩波新書
2015/1/16 柄谷行人『世界史の構造』岩波現代文庫
2014/7/24 柄谷行人『帝国の構造 中心・周辺・亜周辺』青土社
2014/1/20 柄谷行人『遊動論 柳田国男と山人』文春新書
2003 Kojin Karatani
2002/11 柄谷行人「ファンサイトの何が問題なのか」ASK ACCS
2000-2003 NAM
1961-1969 1970-1979 1980-1989 1990-1999 2000-2009 2010-2019 2020-2021

 カントは「純粋理性批判」の緒言でも、ヒュームに言及していた。 http://www.zeno.org/Philosophie/M/Kant,+Immanuel/Kritik+der+reinen+Vernunft/Einleitung/II.+Wir+sind+im+Besitze+gewisser+Erkenntnisse+a+priori,+und+selbst+der+gemeine+Verstand+ist+niemals+ohne…
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 カントは「純粋理性批判」の第一版から、ヒュームに言及している。  意外にも、カントは、ヒュームは抽象的な思弁(思考の対象を自然科学の圏外、純粋理念に存すると考えた)であるが、それに対して、自分は自然科学的であると言っているようだ。 http://www.zeno.org/Ph
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 カント「プロレゴメナ」で、以下の箇所でもヒュームに言及がある。 カント「プロレゴーメナ」(中央公論社) 先験的主要問題 第二部 いかにして純粋自然学は可能か §29  ヒュームの問題の概念〔この彼の「形而上学者の十字架」〕、すなわち、原因の概念を試すために、
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 カントの「プロレゴメナ」、「純粋理性批判」第二版は、ヒュームの経験論批判が主題のようである。 カント「プロレゴーメナ」(中央公論社) 先験的主要問題 第一部 いかにして純粋数学は可能か §27  いまや、ヒュームの疑いをことごとく取り除くべき箇所である。彼が
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 カントは、1781年に「純粋理性批判」第一版を書いた後、1783年の「プロレゴメナ」でヒュームに言及している。その序言の「原因と結果の結合の概念は、ヒュームが考えたように経験から導き出されるのではなく、純粋な悟性から発していると確信した」という言葉が、端的にカ
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 ドゥルーズは、ヒュームが「人間本性論」の「誇りと卑下をめぐる〔第二巻〕第一部、第六節冒頭で、情念の理論を検証するためになされる一連の実験を告知している」と言っている。 ドゥルーズ「ヒューム講義(一九五七−一九五八年)」(河出書房新社) しかし、誇りと卑下
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 ヒュームはexperimentalという言葉を使っているが、最初の邦訳は経験的、後に実験的となったようだ。ロック、ヒュームは経験主義(empiricism)といわれ、重要な用語だったと思われる。 https://gutenberg.org/files/4705/4705-h/4705-h.htm A TREATISE OF HUMAN NATURE B
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 柄谷行人は、柳田国男とダイアモンドが偶然、歴史の実験を語ったかのように言っていたが、ドゥルーズによれば、ヒュームが、1739年の『人間本性論』で「歴史とは、人間の科学のための自然の実験室なのである」と言っていたようだ。  柳田は、1933年に出た邦訳『ヒューム人
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 柄谷行人は、この頃から、「隠喩としての建築」、「探究Ⅰ・Ⅱ」で文体が厳密(曖昧さを排除)になったが、その後の「トランスクリティーク」のカント、マルクス、「世界史の構造」の交換様式、「哲学の起源」のイソノミアについての議論の進め方が、厳密であるかは分らな
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